育メンパパの秘密道具

入学前の子供と一緒に遊べる秘密の遊び道具を、小説形式で紹介します

【番外編】運動会

過ごしやすい天気である。
気温は20度、偶に雲間から日差しが差し込むものの、曇り空が日光を遮り、心地よい風が吹いてくる。

小学校のグラウンドには、幼稚園に通園する幼児とその両親、祖父母が集まっていた。休日に賑わいを見せる本日は、幼稚園の運動会なのである。
ハルとトモをそれぞれのクラスメイトの元へ連れていった。同じようにその場に子供を預けていった親たちは、颯爽とその場を離れカメラのポジションを奪いに駆け出していく。子供の運動会が始まる前に、すでに親たちの陣取りゲームが始まっているのである。

半分くらいは不要だと思われる開会式を終えたあと、まずは年少組によるかけっこである。
いきなりトモの出番だ。
開会式の時、トモを遠くから見ていたのだが、どこかフラフラとしていて、タコのようであった。体を左右に揺らしたり、下を向いて俯向いたまま、手をだらっと下げて脱力したりと、奇怪な動きを繰り返していた。親の感であるが、あれはきっと緊張をしているために、気を紛らわせようとしていたのだろう。
パパは心の中でトモを応援した。そして、あとでクネクネをしないように注意しておこうとも思った。

出走の順番になったトモがスタートラインに並んだ。横一列に他の組の園児が3人、スタートの合図を待っている。
程なくしてピストルが鳴った。
一斉に駆け出す3人に混ざって懸命に駆け出すトモ。肘は不自然に真っすぐで、膝があまりまがっていない。如何にも運動オンチを臭わせる、アスリートの走りには程遠いフォームだ。

しかし、真剣な表情で走る姿は、パパの心に熱いものを湧き立たせた。家では甘えたりフザケたり、ハルのマネをしたりと、真面目な姿を見たことがなかった。遊びで走ったとしても、すぐに「疲れたー」と言って歩いてしまう根性なし。
そんなともを見ていると、全く成長していないと思ってしまっていたのだが、実はこんなにも一生懸命走れるようになっていたのだ。

ゴールテープを切ったとき、ぎりぎりで一人を抜かして2位となった。しかし、順位に関わらず最後まで懸命に走りきった姿は、パパの涙腺を刺激するには十分であった。
パパは隠れながら頬を流れる雫を拭い、ゴールしたトモの勇姿を心の中で祝ってあげた。

続いて年中組のかけっこが始まり、その次にかけっこを控えた年長組が入場門へと集まってきた。その中に隣の友達とふざけあっているハルがいた。年長ともなると場馴れしているためか、緊張感が全く感じられない。
しかし親にとってはそうもいかない。ハルはまさかの最終走者なのである。

ここで少し補足が必要であるが、年少、年中組は背の低い順に走るのに対して、年長組は足の遅い順に走るというルールになっている。つまり、一番最後を走るハルはクラスの中で一番早いということになる。

運動音痴の両親から足の早い子供が生まれる理屈が全くわからないが、折角なので行けるところまで行って欲しいという欲が生まれてくる。
幼稚園で一番早い子供が我が子なのだ、という自慢ができるのである。いや、決して自慢がしたいわけではない。ただ、自分の子がどのくらい早く走れるのか、可能性を信じたくなったのだ。

子供への期待と不安を行き来しながら妄想していると、あっ言う間にハルの出番となった。

異なる組の3人がスタートラインに立った。最後は人数の関係か、4組あるうちの3組だけが走ることになったようだ。

ピストルの音を待つ。『ヨーイ――』と声がかかった瞬間、皆が走り出した。慌てて先生たちがハルたちを止めにかかる。スタートの合図は鳴っていない。フライングである。

それが原因なのかはわからない。
その後に再度スタートラインに立ち、ピストルの合図で走り出したハルは、どこか気の抜けた走りに見えた。
結果は3位。親としては残念な結果であったが、走り終わった本人は、友達と再びふざけ合うのだった。親の期待は泡となって曇り空へと消えていった。

しかし、ここで終わりではない。運動会の最後の演目、年長組によるクラス対抗リレー。最後を彩る、盛り上がりが最高潮となる種目である。ハルはなんとリレーのアンカーでもあったのである。我が子がリレーのアンカーを務めるとは、世の中、何が起こるかわからないものである。

ママとともにカメラポジションを確保するため移動し、幼稚園最後の力走を写真に収める準備をする。最後に勇姿を見せてほしい、と願う中、リレーが始まった。

ハルのクラスはいつも練習では2位となるらしい。出だしも2位をキープしていたが、途中で1位に浮上した。このまま1位か、と思ったが2位との距離はみるみる縮まっていく。アンカーのハルにバトンが渡る一周前には、ついに抜かれてしまった。

次はハルの番である。丸い輪っかのバトンがハルに手渡された。1位の組との距離はわずか数メートル。運が良ければ抜かせるか。バトンを持ったハルの表情は、かけっこで走ったときと違って真剣そのものであった。フォームもしっかりとしていて、本当に頑張って走っていることがわかった。そのまま行けば抜かせるか、そう思った瞬間――。

ハルの体が不意に前のめりとなる。一瞬体が浮き、そのまま膝と腕から地面にダイブした。ハルの体は地面に倒れた。観客からはどよめきが起こったが、すぐに声援へと形を変えた。その声に混じって声の限りハルを応援した。ハルはすぐに立ち上がり、何とか2位をキープしたままゴールすることが出来た。

その後、3位と4位のクラスがゴールし、リレーが終わった。走り終えた園児が座って整列している中、我が子の意外な姿を見た。
体育座りで一番後ろに座るハル。そのハルが、声を上げて泣いていたのである。まわりを気にすることなく、口を大きく上げて泣き叫んでいる。

この運動会が始まる一週間前、ハルが言った言葉を思い出した。

「オレ1位になりたいから、パパいっしょにはしる練習しようよ」
「いや、ハル、来週運動会なんだから、今週は少しカラダを休ませておきな」
「えー、オレ1位になってみんなにすごいねって言われたいんだ。あと、パパとママが喜ぶからがんばりたいんだ」

ハルは、1位になりたかったのだ。ゴール前で転んでしまい、悔しさがこみ上げてきたのだろう。悔しくて悔しくてたまらなかったのだ。
ハルの姿を見て、本日二度目の目から汗、である。うちの子供たちはどうしてこうも親の水分を奪っていくのか。

しかし、ハルはカッコよく走った。褒めてやろうと思った。

閉会式が終わり、ハルとトモは先生から頑張ったご褒美のメダルをもらった。
ハルとトモ、ママとパパの4人で歩いて帰る道の途中、パパはハルに尋ねてみた。

「ハル、リレー終わったあと、どうして泣いていたの?」
一位になれなくて悔しかった、という答えが返ってくるのだろうとわかっていながらも子供の口から言わせたい、嫌らしい親なのである。
しかし、ハルからは違った答えが返ってきた。

「転んで痛かったの」

ん、あれ? 1位取れなかったからではなくて? 何回かハルに確認するも、悔しくて泣いたわけではなかったようだ。親の感動を返してくれ。


そしてその日の夜。

「トモが一生懸命走る姿に感動してちょっと泣いちゃったよ」
パパは片手にビールを持ちながらママに打ち明けた。
するとママは意外、という表情を見せたあと、
「あんな変な走り方見たら笑っちゃうでしょう」
と、パパとは全く違う感想が返ってきた。

どうも、感動するタイミングを間違ったのか。何とも言えない気持ちになった運動会なのであった。